民俗学の祖から想を得た妖怪博士による漫画妖怪絵巻
『水木しげるの遠野物語』原作:柳田国夫・漫画:水木しげる(小学館)
水木しげるが、柳田国男の「遠野物語」をもとに漫画を描いているもの。「遠野物語」は当地出身の佐々木喜善の訛りのある話を柳田国男が聞き、それを文語体に書きなおしたものではあるのですが、書かれたのが明治のことなので、それでもなお、読んでも難しい部分があります。
それを水木しげるが漫画にしたことで、よりわかりやすくなっています。絵が加わることによりよりイメージがつかみ易くなるのは漫画の効用ですね。「遠野物語」は座敷わらしや河童、天狗に山男など、いわゆる魑魅魍魎、妖怪の類が登場する民俗伝承の話なので、水木しげるの真骨頂のジャンルですし、大きな影響を受けている可能性もあります。
「遠野物語」の原文を読んでいる時にも思ったのですが、それはエピソードの羅列といったふうなものなので、大きな物語、ストーリーというものはないように感じました。どこそこの誰其が山で見たことのない女に出会ったとか、そうした割と単純な話が多い。水木しげるの漫画を読んでいてもそれはそうで、水木の場合はそれをもっと簡略化させて描いているので、意外とあっさりしている印象なのです。不可思議な話でもオドロオドロシイという感じではありません。
世の中には、まだまだ分からない人智を越えた現象がある。それは理屈抜きであらわれ、理由も説明もない・・・。
「遠野物語」を読むと、人智を越えた妖怪の類いのよくわからない何者からは、人が自然の中で感じるスーパーネイチャー的な存在なのだと。なので、それらは捉えようによっては八百万の神と表裏の関係性にあるようにも思えてきます。畏怖の念が神々しさにつながっています。そして、この非日常の存在は、人の日常の営みの中に溶け込んでいるのです。
ところで、水木しげるの絵は、キャラクターは滑稽にデフォルメされ、背景は細かく描写、特に森や林、山々や巨石など何かそこに潜んでいるのでは?と思わせるるほどの妖気漂わせるタッチ、それが妖怪をテーマにするにぴったりするのは、奇跡的と言えそうです。水木しげるの漫画を読んでいると実際にそうした話があったように思えるし、その現場に行きたくなります。
その中でも、遠野に出てくるオシラサマを描いたところは強烈なエロスを感じました。元来、遠野では人と馬が同じ一つ屋根の下で生活し、厠(トイレ)と浴場は外にある独特のスタイルで、馬が生活の中で重きをおかれていたといいいます。上からみたらL字状の、「曲がり家」と呼ばれる形態をした家、そこは人と馬が同じ一つの屋根で生活した形態なのです。
オシラサマはのその由来として「遠野物語」では、馬と家の娘が性的な交わりをしたことによって父親が激怒し、馬の首を切ってしまう。そうすると馬の首と娘が天空へと飛んでいったという話があります。
異類婚姻譚です、その話を描いた水木は、女性と馬との性的な交わりを想起させるような場面を描いたのです。元来、鬼太郎に代表されるように子供向けが多いのでそうしたところはハッとさせられます。
馬は無意識下における男性の性的な象徴と見ることもでき、かつ、曲がり家という馬が重宝されていた生活とも結びついています。それ以外にも神隠しにあった女性の話など、直接のエロス的なももはないにしても、根底にはそこに根源的なエロティシズムのエネルギーのようなものを感じてしまうのでした。
スーパーナチュラルな不思議な出来事の深層部分に、根源的なエロスのエネルギーが潜んでいるように思える私。まあ、そんな変なところに反応してしまう感想はともあれ、この漫画により「遠野物語」は、より身近に感じることができるのは確か。その意味で漫画の別の側面の効用は、もう一度書きますが、あるんだと思います。
最後に、水木しげると思われる漫画の主人公、前世で確かに遠野に存在していたと結んでいます。
水木しげるの遠野物語 (ビッグコミックススペシャル) 遠野物語・山の人生 (岩波文庫)