孤独と死と家族が織りなす異質な物語

映画「家族の肖像」(1974年)

■製作年:1974年
■監督:ルキノ・ビスコンティ
■出演:バート・ランカスター、シルバーナ・マンガーノ、ヘルムート・バーガー、他

イタリアの名匠ルキノ・ビスコンティの映画「家族の肖像」を観たのですが、これまで彼の映画は重厚なイメージが強く、どちらかというと敬遠していたのですが、実はよくよく観てみると大変おもしろいことに気がつきました。名匠として映画史に名を残しているのは、それなりの理由があるということですね。

画面がとにかく重厚なのは、ビスコンティの貴族としての品格が滲み出ていると言えるかもしれません。逆にこの品性は彼でない出せない味なのでしょう。なぜならビスコンティはルネッサンス期までさかのぼることができる貴族であり、本物の凄みを感じます。他の監督の作品では、こうした感覚は味わうことができません。それもこの監督の魅力の一つです。それも今回気がつきました。

この「家族の肖像」は、バートランカスター演じる老教授の静かな生活に珍入者が入ることで話が想定外の形で展開していきます。しかし映像は、その老教授の屋敷から一歩も出ることなく見せていきます。いわゆる密室劇のようなもの。一つ一つの場面に力がないと、そうした芸当は難しいでしょう。ビスコンティはそこを切り取っただけでも、すごい演出家であるということが伺えます。

さて、主人公である老教授は美術品のコレクターであり、彼の部屋にはカンバセーション・ピースと呼ばれている古い一家団欒図の絵が、ところ狭しと飾られている。そうした絵を収集する一方で、その老教授は独り身で孤独な生活を楽しんでいる。この辺りのギャップが変なのだ。

老教授は、一人でいるには広すぎるし贅沢すぎる空間で生活をしている。おまけに食事や家事などは召使を雇っているので、自分の世界に没入できる特権階級なのだ。そこに、ビアンカなる女性が突如として現れ、老教授の2階の部屋を貸してくれと半ば強引に入り込んでくる。それは迷惑すぎる勝手な闖入者、見ている私も何だこの女性は・・・と思うくらい。人の部屋に入り勝手に歩き回り、タバコは吸うは、おまけに女給にまであれこれ命令する始末。

そこに、その女性の娘や彼氏、そしてコンラッドという若い愛人まで絡んでくることになる。老教授は最初のうちは抵抗するも、強引さに押し切られ、どんどん自分の世界なり日常が侵食されていく。静かな生活は音漏れ、水漏れ、怪しげなパーティ、暴力事件などが発生。こうした展開をみているとイタリアの人たちはこんな部分をもっているのだろうか?そうではなく極端に描いているのだろうか?とわからなくなってきます。

やがてこの老教授は、自分の生活を乱す不謹慎な闖入者達を、逆に家族として受け入れていこうとするも、まるで息子のように感じていた無法者のコンラッドの死を迎え、孤独のうちに死期を迎える。人生は孤独であるも、他者との関係性の中でまた幸せを見出していくもの。それに気づいたとき、死の影は忍び寄っていた・・・。1974年の映画ですが、とてもその時代に作られたとは思えないほど完成された感じがしました。

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