思いっきり作家の世界で構築されたドラコニアという迷宮
戦後・知の奇才として独特の位置にいる澁澤龍彦の著書『ドラコニア 綺譚集』 、この本のタイトルにある『ドラコニア』とは、“航海者マゼランがパタゴネス(=巨人族)を棲んでいる土地をパタゴニアと称したように、自分で勝手に龍彦の領土をドラコニアと呼んだにすぎない”と、そのあとがきで澁澤は、書いています。つまりドラコニアとは澁澤龍彦の国といった彼が作った造語、なかなか粋なもんだなと。そもそも名前に引っ掛けてもじることができるイマジネーション豊かなカッコイイ漢字が入っていることからして、別世界の住人のように思えてくる。私の名前なんて、○○○ニアなんて、つけようもないしね。
このドラコニア=澁澤の「知の領土」において、彼は、広範な知識と好奇心に彩られたエッセイや小説を残しました。ドラコニアの領土の痕跡は、サドやコクトーなどの影響を受け、マニエリスムやエロテェシズムを追究した澁澤龍彦の主要なテーマの足跡とも言えるでしょう。この足跡が稀有だったので、澁澤的世界を築きあげたということだと思います。 ざっとドラコニアの領土のキーワードを拾ってみると迷宮、鏡、天使、鉱物、貝殻、驚異、天体、時計、玩具、毒薬、刑具、怪物、庭園、城、花、虫、鳥、球体、両性具有、人形、少女、などなど、この分野に興味がある人にとって、澁澤は先達の案内人となるのでしょう。
澁澤は、たとえば、フランス文学の翻訳家として、マルキ・ド・サドの作品を日本に紹介し、文学界に大きな影響を与え、評論家としては、エロティシズム、美に関する独自の考察を展開し、有名な「サド裁判」では、芸術か?ワイセツか?という問題提起となりました。その活動は、金子國義、四谷シモン、唐十郎、三島由紀夫、土方撰、瀧口修三、など枚挙にいとまがないほどに影響を与え、日本がまだ元気だった時代のカルチャーの深層のさらに奥深い部分において、ドラコニアの領土は、陥落しえないひとつのスタイルを築きあげたと思うのです。
そしてもう一つのタイトルにある言葉、『綺譚集』。綺譚とあるので、それは不思議で奇想天外なイメージを持つ物語的な要素も入ったエッセイとなっています。いつものごとく澁澤は、博学的な知識をベースに、それこそ、筆は赴くままと形容できるほどに自在に移動しています。ここで、筆の赴くままと書いたのは、テーマを追いながらも澁澤の興味や思考が途中で脱線し、そしてまた本題に戻るといった体裁となっており、まるでリアルタイムでそれが書かれているような感覚を受けるからであります。しかし、実際は計算しつされて書かれているんでしょうから、これは達人の域という印象です。そしてその文章は時に幻想的な物語へと変貌していく部分など初期の手帖シリーズなどと比べると円熟の極みに達しているとも感じます。
ここで澁澤のように気の赴くままに、脱線すると2007年に出た月刊誌「ユレイカ」に巌谷士國士が、澁澤龍彦に関心を持つ人は、リアルタイムで澁澤の活動に影響され関心を持った団塊の世代と、1980年代以降、文庫本化された澁澤の著作に出会い、彼の価値観に共鳴した世代と分かれるというようなことを書いていました。つまり後者は、カタログ的に読んでいるというのです。これは面白い指摘であり、私自身は間違いなく後者の、遅れてきた澁澤世代なのです。私は幻想という言葉にひかれるのですが、それを気にしていると、澁澤龍彦の名は必ず通過してくることになるのです。
澁澤は昭和3年に生まれ、昭和62年に亡くなった、ザ・昭和を生きた人ですが、それは私の父親の世代と同じなのです。それを考えると、澁澤はいかにスマートな知識人であったのかが、わかります。
ところで『ドラコニア 綺譚集」に書かれているテーマが、西洋の知られざる幻想のような、西洋のものばかりではなく、東洋のものもけっこうあるのに気づきます。年をとってくると食事も洋食から和食が良くなってくるように、澁澤の後期の作品であり、やっぱり自分が生まれた土地や風土に回帰してゆくのかなと、そんな印象を受けた昭和の知の巨人、澁澤龍彦の「ドラコニア 綺譚集」なのです。
◆澁澤語録◆
想像力の世界では、主語と直接補語とは、つねにその役割を交換し売るものだということを肝に銘じておく必要があります。だから斬られたものは斬ったものにひとしいのです。
ひとたび人間に生まれ変わってしまえば、前世の記憶は完全に失われる。その失われた記憶をふたたびとりもどさせるのは夢であるが、夢はあくまで夢であって、夢のなかの可能事を覚醒時の日常世界まで延長させることはできない。夢のなかで奇蹟的に復活した前世は、夢が消えるとともにあえなく消えてしまうのだ。
※『ドラコニア綺譚集』澁澤龍彦から引用
ドラコニア綺譚集 澁澤龍彦コレクション (河出文庫)