日本人がアメリカで涙した歴史「愛と哀しみの旅路」

映画「愛と哀しみの旅路」(1990年)
1941年12月、日本が真珠湾攻撃によって、アメリカの敵国となった日本。アメリカの日本人に対する疑念と憎悪は拡大し、その結果、1942年に、当時の大統領フランクリン・ルーズベルトが大統領令9066号に署名。この命令によって、西海岸に住む日系アメリカ人は「敵性外国人」とみなされ、約12万人が強制的に収容所へ送られた。人々は、財産を急いで処分、店や農地を手放し、移動を命じられ、映画でも描かれていますが、最初は競馬場などに集められ、その後、収容所に送られました。家も財産も失い、砂漠の、有刺鉄線、監視塔、武装兵士に囲まれた簡素なバラックの収容所で暮らすことを余儀なくされた・・・・・・。
アラン・パーカー監督による映画「愛と悲しみの旅路」は、こうした日系アメリカ人が強制的に収容所に押し込められた影の歴史を描いたもの。物語の舞台は1930年代のロサンゼルス。労働運動に関わったアイルランド系アメリカ人ジャックと、リトル・トウキョウに住む日本人移民の娘リリーは恋に落ちる。しかし、白人男性と日系女性の結婚は簡単なことではなく、日本人はすでに差別の対象となっていたからである。それでも二人は結婚し、家族を築こうとするも、真珠湾攻撃という平穏な生活を一瞬で破壊する出来事が起こる。アラン・パーカーは、第二次世界大戦中のアメリカで起きた、あまり語られてこなかった歴史「日系アメリカ人の強制収容」の物語を描いた。
収容所に入れられた日系人の多くは、アメリカで生まれ育った市民だった。それにもかかわらず、ただ日本人の血を引いているという理由だけで、彼らを隔離したのである。こうしたことは、アメリカでは映画化されることは、ほとんどなく、語りにくい負の歴史だったとも言えるのだろう。しかし、1988年、アメリカ政府は、この政策を誤りと認め、当時の大統領ロナルド・レーガンが市民自由法に署名し、謝罪と補償を行った。この映画は、1990年に製作されたので、アメリカの負の歴史を見直そうとする時代に作られた作品だったとものかもしれない。
この映画は、戦争が社会にどんな変化をもたらすのかを、家族の歴史を通してわかりやすく描いているものの、この作品は日本ではそれほど広く知られていない気がする。同じ日本人の歴史でも、積極的に教育では語られなかった気がする。すくなくとも私は。日本人が苦労して築いた歴史でも、実際のところ実感が持ちにくいテーマなのかもしれない。私は昭和のプロレスが好きなんだけど、日本人レスラーはアメリカに渡って武者修行するときのスタイルは、田吾作スタイルで反則をし、観客から憎まれる卑劣なジャップという悪役だった。観客のニーズがそうしたものだったからだ。今は違いますよね。
物語は予測できるようなメロドラマ的な話で、聞き取りづらい日本語などもあって、日本語と英語がごちゃ混ぜになっている気がするが、アラン・パーカーが日本人を描いたというところが、少しうれしい気分にさせてくれた。人種差別、移民問題と人が人を区別し、果ては戦争まで起こしてしまうことは、なかなかなくならない難しい問題。ラスト日系日本人の女性が、涙を流して娘に向かって言う「8月6日に広島に爆弾が、大きな爆弾で“原子爆弾”だと。一瞬のうちに20万人が殺されたの。そこで終わるしかない。もう誰も耐えられない。」

