善悪では断ち切れない循環の現実「トラフィック」

映画「トラフィック」(2000年)
■監督:スティーヴン・ソダーバーグ
■出演:マイケル・ダグラス、ベニチオ・デル・トロ、キャサリン・セダジョーンズ、他
見えない糸で結ばれた社会の全体像
スティーヴン・ソダーバーグ監督の映画「トラフィック」は、麻薬という一本の見えない糸を通じて、現代社会のあらゆる層がつながっている現実を、クールに描き出した傑作です。映画きく三つのラインを軸に進行する。メキシコで麻薬カルテルと向き会う警察官、アメリカ国内で麻薬撲滅政策を推進する政治と捜査、そして、こともあろうに麻薬取り締まりの最高責任者に任命される予定の判事の家庭でドラッグに溺れていく子供たち。これら三つの物語はそれぞれ独立しているようでいて、微妙に交錯し、結果的に150人を超える登場人物が画面を行き交うことになったというから驚きだ。にもかかわらず、物語が散漫にならないのは、最初から最後まで麻薬という一点で、すべてが結ばれているからだ。
善悪を超えて循環する“麻薬システム”
この映画では、コカインを売って利益を得る者、それを必死に取り締まろうとする者、そしてそれを買い、使用する者たちが、まさに一本の線として描かれている。住む国も、社会的立場も、貧富の差も、性別も異なる人間たちが、麻薬という共通項によって否応なく結びつけられている。その構図は、「悪者を捕まえれば終わる」という単純な物語になっていない。供給は止まらず、需要がある限りその循環は続くのだ。
異なる質感の映像で整理される複雑な世界
スティーヴン・ソダーバーグ監督の演出は、この複雑さを理解しやすくするために、きわめて計算されているといえる。おおまかな三つの物語は、それぞれ異なる映像の質感で構成され、観るものは無意識のうちに「今、どの現場を見ているのか」を把握できるようになっている。アメリカ側は冷たく整理された映像、メキシコ側は黄色味がかった荒涼とした画面、家庭や若者のエピソードは不安定で閉塞感のある空気に包まれる。それぞれのエピソードが独特の映像言語で整理されているため、登場人物が多くても混乱しない。スティーヴン・ソダーバーグ監督の演出は、冴えわたっているといっていい。さらに手持ちカメラを多用した撮影だ。画面は常にわずかに揺れ、その効果によって、「トラフィック」ははまるでドキュメンタリーを見ているかのような生々しい迫力を獲得している。現場の空気に巻き込まれるかのような臨場感が、この麻薬コネクションの話を、やばいなっと感じさせるのだ。だから娯楽映画のような高揚感は抑えられている。それでもこの映画は面白い。私はスティーヴン・ソダーバーグ監督、好きな監督の一人だが、その才能を感じさせるに充分すぎるのだ。
正義を叫ばないロドリゲス
映画の中で注目すべき人物はベニチオ・デル・トロ演じたメキシコの州警察官ハビエール・ロドリゲスだ。彼は理想を語らず、正義を叫ばない。上司は買収され、行動は命の危険と隣り合わせ。彼は、現実の中で、よりマシな選択を選び続ける。その姿は、麻薬と言う現場でもなくても、私たちが仕事を通して感じる理想との矛盾点、違うと心の中で感じていても声に出すことはできない自分。麻薬は犯罪だけど、そうじゃない現実でも似たような感覚はあるような気がする。
解決なき世界に灯る小さな光
ラスト、広場にナイターができ、ロドリゲスが少年たちが野球をしているのを見ている場面。これは、麻薬問題を終わらせる解決策ではないものの、金や銃ではなく光を灯すという象徴的な場面として提示されます。ベニチオ・デル・トロは、この役でアカデミー助演男優賞を受賞しましたが、それは寡黙で地味ではあるものの、その姿勢を共感できる姿として演じたことへの評価なのだと思います。「トラフィック」、スティーヴン・ソダーバーグ監督の渾身の一作です。


