緊張感と迫力の「ハート・ロッカー」

映画「ハート・ロッカー」(2008年)

■監督:キャサリン・ビグロー
■主演:ジェレミー・レナ―、アンソニー・マッキー、ブライアン・ジェラティ、他

映画「ハート・ロッカー」は、イラク戦争を描いた作品ではあるが戦争映画という言葉から連想しがちなヒーロー物語、反戦といっつた枠組みからは、ちょっとばかり裏切る一本と言える。なぜなら「ハート・ロッカー」は、戦争という状況に置かれた兵士が神経と感覚を、どのようにマヒさせていくのか、あるいは、逆に生の高揚感を高めてしまうのか、ということを描いているからだ。

舞台は9.11同時多発テロ後、2003年に始まったイラク戦争の占領期。フセイン政権は崩壊し、アメリカが掲げた大量破壊兵器も見つからない。大国の無謀さによる結果、残されているのは治安維持の任務。そこにはアメリカの傲慢な無謀に対するテロにより仕掛けられた爆発物。映画はその爆破物処理班を描く。そこには敵は見えず、市民と武装勢力の区別も曖昧で、死は唐突に訪れる。実際、イラク戦争でのアメリカ兵士の死者は爆破物処理班に従事した者が多いという。

戦争は麻薬だという冒頭の言葉にあるように主人公のジェームズ軍曹は、規律を無視し命知らずな行動に出る危険な人物である。彼は、爆破物処理という戦争の現場において、その処理の瞬間まで、爆破の危険があるため命と隣合わせの張り詰めた神経、そして成功した時の高揚感。ジェームズはエンドルフィン出まくりなんだろ、極限状態に身を置くことにおいて、生の実感を感じているんだろう。

映像が手持ちカメラで常に揺れ、スピーディーな細かいショットが重なり、テンションの高い臨場感、緊張感に溢れ、迫力あるダイナミズムな画面になっている。監督がキャスリン・ビグロー、女性監督というから驚きだ。戦場と言えば男性の現場だが、まるで戦場にいるかのような演出のキレは、とても女性が監督したとは思えない。よくぞまあ、やれたもんだ、と。キャスリン・ビグロー、すごいな。さらに、この「ハート・ロッカー」は大手資本が手がけた作品ではない。公開時はアメリカ国内で12館の上映で始まったという。それがあれよと、あの「アバター」を抑えてアカデミー賞まで受賞するという快挙を成し遂げた。その「アバター」と比べたら製作費は雲泥の差だろう。


「ハートロッカー」は、イラク戦争の正当性を問うことや、アメリカの是非、イラク側の視点、論理的上の視点などは、ほとんど説明されない。、もしそこにあるとしたら、ジェームズのような人間を生み出してしまったり、そこに生活している市民を巻き込み死者を出してしまう異常な状態を生み出す戦争は無意味だといこと、おかしい、行きたくない、という感情反戦的な部分だろう。キャサリン・ビグロー監督が描いているのは、戦争で命の危険にさらされることによって、手の震えや呼吸の乱れ、判断が一瞬遅れると死がまっているという本能的な恐怖なのだ。映画はそうした緊張がビンビンに伝わってくるものに仕上がっている。

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