魂と魂が共鳴した勇気ある追跡「トゥルー・グリット」

映画 「トゥルー・グリット」 (2010年)

■監督:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
■出演:ジェフ・ブリッジス、ヘイリー・スタインフェルド、マット・デイモン、他

リメイクを拒んだ“原作への執念”

コーエン兄弟が監督した西部劇「トゥルー・グリット」、これが面白くて、そして、泣けて私のお気に入りの1本と言っていい。この映画1969年にジョン・ウェイン主演で映画化された「勇気ある追跡」のリメイクと言われることが、コーエン兄弟はそれを否定している。「あの時の脚本を書き直して使うのではなく原作から獏たちが直接脚本を書きあげるから」とコーエン兄弟は発言していて、当時、「トゥルー・グリット」がリメイクと呼ばれるのを嫌っていたそうだ。あくまで原作にほれ込んだのだと。まあ、私は映画が面白ければ、どうでもいいという話なんだけど。ちなみに、私は、ジャン・ウェインの「勇気ある追跡」は見ていません。

少女マティの“過剰な正義”とその魅力

物語は14歳の少女マティ・ロスが、父を殺した男を追うため、連邦保安官ロースター・コグバーンを雇うところから始まる。父の仇をうつというところから始まるわけですが、この女の子があまりに饒舌でしっかりしている。罪には罰が下るべきだというわけです。こんな女の子いるのかな?といいたくなくらいなんだけど、その背伸びした感じがとてもいいのです、

ヒーローではない男──コグバーンの存在感

対するロースター・コグバーンは、酒に酔っぱらいと疲労も隠せない老保安官として登場する。この対比が、またいい感じなのだ。コグバーンは、片目でアイマスクをしていて、酒で喉がつぶれたのか、しゃがれたダミ声で、発音もはっきりしていなく。文字の綴りも間違えたりして少女に指摘されたりする。そして自分を等身大以上に見せるはったりも強い。そこにはいわゆるヒーロー像はない。人生を無骨に生き抜いてきた年輪と衰えが見え隠れする男。演じたのはジェフ・ブリッジス。かれの演技がまたいいのだ。私がこの映画がいいなと思う要素にジェフ・ブリッジスの演技、存在感があるといっていい。

西部の粗っぽさを浮かび上がらせる

父の復讐の男を追い続けているマット・デイモン演じるテキサス男は、その男を追う旅にでるときに、少女マティが参加しようとして、彼女のお尻をペンペンして「帰れ!」という。いうこと聞かせるためにお尻ペンペン、するんだという演出も新鮮だったし、追う男は先住民居住区に入って逃げたとき、追いかけてきたコグバーンがそこに住む男の子を足で蹴っ飛ばしていた演出もびっくりしました。これは差別的表現ではないかと感じてしまうのですが、調べると当時はそういうこと当たり前のように、やっていたみたいで、そうした細部の演出が面白いとも感じたのでした。

復讐を超えて生まれる“静かな絆”

そしてなんといってもグッときたのは、必死の想いで父の復讐をはたした少女マティが毒蛇にかまれてしまい、コグバーンが早く医者に見せないと死んでしまうと、彼女を抱え馬を走らせ、馬が力尽き倒れてしまうと、こんどは彼女を抱きかかえて走り出す。この場面は思わず涙が出そうになりました。コグバーンが、少女マティのけっして折れることなかった勇気を認め、優しさと気骨を出したシーンです。そして看病し、彼女が治ると去っていった。

25年前、魂が交差する瞬間だった

しかし、ラストで25年の歳月がたちマティは、腕を失っているのがわかる。蛇にかまれたために腕を切断したのだ。大きな木のしたに彼女の手で埋葬され眠るコグバーン。その墓を去って地平線の向こうへと後姿が映し出される。この終わらせ方もすごくいい。余韻を残します。あの復讐のため男を追った砂漠での出来事が、年齢や性別を超えて、魂と魂が一瞬触れ合った瞬間があったのだと、感じさせてくれる。「トゥルー・グリット」、私は好きな映画です。

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