コクトーの映画「恐るべき親たち」は、饒舌すぎるドタバタ室内劇だった

映画「恐るべき親たち」(1948年)

■製作年:1948年
■監督:ジャン・コクトー
■出演:ジャン・マレー、イヴォンヌ・ド・ブレー、ジョゼット・デイ、他

ジャン・コクトーが監督した1948年の映画。過保護な母親とマザコン息子の話、それがまず過度に表現されています。そのマザコンの息子に彼女ができたのですが、なんとその彼女には年上のパトロン的な存在がいて、それがなんと父親だった、という展開となる。

室内劇であり、屋外に出る映像はありません。そして、登場人物がいずれも早口で饒舌。つまり会話がそこかしこになされていくということ。私はこの会話の部分が多く、ちょっと疲れてしまう感じもした。

この違和感あり異質なぶつかり合いで、話が思わぬ方向に展開していくということを凝縮させたコクトーの手法は、当時として新しかったのだろうか?コクトーは、まだ世の中に登場したばかりのテレビというメディアの今後の参考になるだろうと発言しているが、ドタバタホームコメディの原型のようと言えば、そのように見えなくもない。とにかく会話が饒舌だと書いたのですが、よくもまあ、こんな細かいセリフを次から次へと書けたもんだと感心した。やはり才能というしかないのだろう。

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