人生って理不尽だらけなのか?「シリアスマン」

映画「シリアスマン」(2009年)

■監督ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
■出演:マイケル・スタールバーグ、リチャード・カインド、他

コーエン兄弟の「シリアスマン」は、思わず笑ってしまうようなブラックユーモアが続き、その裏にはなにかあるのかな?とか、明らかに不穏な事態が続き、何か続く思わぬ展開があるのかな?と思っていると肩透かしを食らう作品です。なぜ不条理なこと、理不尽なことが、説明されないのか?という逆説的な視点で問いかけた、ある意味で実験精神にあふれた映画と言えます。話が劇的に展開しないから、オチがないからと、そうした物語性の鉄則に慣れて当たり前になっている見る側にとって、この「シリアスマン」は逆説的に提示しているのです。

舞台はアメリカのユダヤ人コミュニティ。主人公は、物理の教師としてそれなりに真面目に生きているつもりの男。ところが、妻の突然の離婚要求、職場での不穏な噂、兄の同居問題、不可解な学生の行動と、彼に原因があるわけでなく、災難が理由不明のまま連鎖的に降りかかる。

コーエン兄弟がユダヤ人なのからか、ここで育った人間にしか言えないエピソードを描いている。面白いなとおもったのは、ラビの存在。困ったらラビにアドバイスをもらいに行くということ。日本で言えば、さしずめお寺の坊さんか、神社の神主に相談に行くということに近いだろう。お寺では法話というのがあるけれども、でもここまでのことは、ないように思う。映画を観ていると、ラビの助言もシニカルに、ブラックに描いているわけだけど、ユダヤ教自体が生活の、人生の中に入り込んでいるのが、わかる。

映画は。何か起こりそうで起こらない、かわいそうな理不尽な不幸が続くだけ、結局、見ていて何なのか意味が分からない、という展開なので、がっかり・・・というのが、ありそうだ。理不尽、不条理は映画を観たものまでに投げかけられる。

物理学を教える主人公は、黒板一杯にこの世界、宇宙の法則を、難解な数式で教えながらも、自分の人生では全くの不果実であるとう皮肉。このシュールさが、この映画の特徴なのかな?と思った。世の中、そんなに甘くないよということですね。

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