太陽の塔を巡る9つの難しい謎?
『謎解き太陽の塔』石井匠(幻冬舎新書)
1970年、丁度、私が9歳の時に開かれた大阪・万国博覧会、まだほんの子供だった私もこのイベントのシンボル的存在だった「太陽の塔」についてはインパクトある造形として残っています。その不思議な造形ゆえに、太陽の塔を紙に描いて遊んでいた記憶もあります。
変なおじさんだったイメージが強い「太陽の塔」を作った岡本太郎、実はすごい人、もっと注目され触発されるべき存在なのかもしれない。
著者はその「太陽の塔」について9つの謎を提示してそれを独特の解釈で説明している。なぜそうなのかは、本を直接読んでもらうのがいい。ちょっとむずかしい岡本太郎論になっています。以下は、ただ、私が感じたエッセンスをまとめただけ・・・。
謎1 祭の秘密
「太陽の塔」は祭の広場に舞いおりる神の依代として、あるいは神像として、聖なる祭の一切をとりしきる司祭として立てられるため、素っとん狂でベラボーな祭神でならなければならない。
その神像としての「太陽の塔」のしかけは、宇宙の中心の聖なる空間で死と再生の神話を体感させる特殊装置。内部に充満する神話的な力によって、人々に輪廻転生を体験させ、今ここに生きていることの意味を内面から気づかせることを目的とした、壮大な宗教装置=立体マンダラだった。
謎2 「黒い太陽」の告白
「太陽の塔」は、「太陽の顔」「黒い太陽」「黄金の顔」という三つのマスクを被っている。そのうち背中に描かれた十一の稲妻をもつ「黒い太陽」は、仏像を安置している寺院の後ろの扉、仏堂の背後の空間が神秘の場所であり、聖なる空間であるように正面性が打ち出された後戸の神である。そして「黒い太陽」の正体は太陽の名をもちながら太陽でも岡本太郎の自画像でもなく、黒い聖なる仏像、十一面観音なのである。
謎3 「赤い稲妻」の秘密
大地に根をはる「太陽の塔」は、雷に打たれる聖なる巨木「生命の樹」を身の内に赤々と燃やす頭のない新しい神。
それはまた、ジョルジュ・バタイユの秘密結社におけるイニシエーション体験で立ち上がってきた火山の上に立つ両手をひろげる首なしのディオニソス的な巨人アセファル。そのディオニソスという神と哲学者ニーチェとのハイブリッドな神=ニーチェとバタイユの意思を継ぎながら稲妻による死と再生によって誕生した新生・岡本太郎自身である。
謎4 「黄金の顔」の告白
「太陽の塔」も頭の部分、青空を映した首の上に浮く「黄金の顔」は嘴を持った鳥の顔=カラスである。
この巨神は黄金のカラスに導かれるままに、夜と太陽が溶け合う死と再生の世界へと向かっていく。
黄金のカラスが向かう死と再生の神話世界。それは、地平線の彼方にある太陽の国である。
謎5 謎解きの秘伝書
「太陽の塔」と同時期に制作された「明日の神話」、それは「太陽の塔」の燃える「生命の樹」が、燃える骸骨となって「明日の神話」に躍りでてきている。また同じ時期に書かれた著作「美の呪力」、そこに収められた2枚のカラー写真による昇天するキリスト像と金剛吼菩薩像は、両手をひろげ両目をギロリとみひらく岡本太郎の奇人的ポーズをさししめしている。
「太陽の塔」「明日の神話」「美の呪力」の五つの像は様々な特徴において完全に一致している。みひらかれた両目・ひろげられた両手・空間性・怒り・炎・真紅の両目……。
謎6 「太陽の塔」はキリストだった?
岡本太郎の発言や作品から判断すると自分とキリストを重ねていた。そして母かの子は観音菩薩=地母神=黒い聖母マリア=黒い太陽として白い十字架=「太陽の塔」の背中に貼つけられた。つまり、「太陽の塔」は母と息子が表裏一体となった、ハイブリッド磔刑図であった。
南向きの明るい日向の「太陽の顔」をもつ表面は青空に輝く本物の太陽とにらめっこする息子太郎=キリストの姿である。北向きの日陰の「黒い太陽」をもつ裏面は、聖なる後ろの空間を凝視する十一面観音=母かの子の姿であった。
そして、十字架にかけられた「太陽の塔」の切られた首の上には、碧空に浮かぶ黄金のカラスという岡本太郎のいのちがのっかっている。それは同時に、首のもげた母かの子のいのちでもある。宇宙と血の契約を結び、復活昇天する生贄・キリスト=岡本太郎の姿を神像として現実化したもの。それが「太陽の塔」なのである。
謎7 「太陽の塔」の足下に眠るもの
「太陽の塔」の地下「いのり」の空間には地底の太陽という黄金の仮面が鎮座していた。その黄金仮面の包帯を引きはがすと現れるのは「明日の神話」のドクロなのだ。 つまり、「太陽の塔」の頭にある黄金のカラスと、足下にある黄金魅入らは、天と地で結ばれる「明日の神話」の霊と肉であり、生贄の魂と骸だった。
しかも、「明日の神話」の燃える骸骨は「太陽の塔」内部の「生命の樹」と対応している。「明日の神話」の骸骨もまた岡本太郎=キリストなのである。太陽に向かう無頭の「太陽の塔」の皮膚は光の聖火によって燃やしつくされ、骨が残るのみとなる。その骨は塔の内部にある無数の棘をもつ、燃える「生命の樹」=燃える骸骨である。
いっぽう、塔の足下に眠っているドクロ=黄金のミイラは、地球の裏側=メキシコに向かう途中で、地中奥深くのマグマに黄金の布を焼かれる。地中をくぐり抜けてメキシコにたどり着くと、今度は天空(日本)から飛来してくる身体=生命の樹=無頭の骸骨とドッキングをはたし、「明日の神話」にトランスフォームする。
そうして、完全体となった闇の聖火に燃える骸骨は「太陽の塔」の「生命の樹」とうなじ茨のあばら骨を押しひらき、キリストが昇天するように、右手側の天空をめざしてふたたび飛翔する。つまり、キリスト=岡本太郎は磔刑に処されたあと、神話は天空の聖火に、頭は大地の聖火に焼かれて合体復活することで「明日の神話」の骸骨となり昇天して豊饒をもたらす幼神に転生する。
岡本太郎の意識は大阪万博(=太陽の塔)とメキシコ・オリンピック(=明日の神話)という二つの巨大な祭りを聖火でつつみ、世界・宇宙を浄化刷新するということに向けられていたのだ。宇宙の浄化を実現する聖なる火は、孤独な炎でありながら、太郎自身をふくめた全人類、全生命の運命とともにある共通の聖なる灯火である。
そうであるがゆえに、孤独な炎の振動は森羅万象を共振させ、世界を刷新するのだと、岡本太郎は信じていたのだ。
謎8 爆発と呪術の秘密
芸術=爆発=祭り=呪術の図式。
芸術とは、徹底的に自分を開放しつくて宇宙と融合するための祭、己を宇宙にひらききる神聖なる透明な爆発の儀式。その透明な爆発によって、無限の宇宙と人間のいのちと精神が融合する呪術である。
岡本太郎は、惰性的な「芸術」や社会に呪術という挑戦状をたたきつける。死に向かい、じぶんを破壊しつくことが芸術家の精神を鋭く磨き、鈍化する。その研ぎ澄まされた精神をたずさえて、岡本太郎はカミなる「透明なる混沌」と対決する。その瞬間にわきおこる岡本太郎のいう「呪力」があるのだ。
謎9 運命の赤いリボン
岡本太郎の生みだしたすべての作品は、宇宙をひらく綾とりによって呪文のようなサインをくりだす赤いリボンの自由自在な変化の表れ、そのバリエーションだったのだ。赤いリボンの呪術。おそらく、岡本太郎の芸術は、そこに集約される。彼の指先から呪印のようにくりだされ、キャンバスに定着された赤いリボンは、さまざまな場所を流転しながら、すべてを結ぶ綾とりである。
おそらく、その最終形態が、赤いリボンが刻みつけられた「太陽の塔」、その胎内にそそり立つ、燃える生命の樹=「明日の神話」=岡本太郎自身なのだろう。森羅万象は、透明なる混沌に回帰する。そこに生物も無生物もない。すべてが綾とりの紐のように絡みあいながら流転している。いのちの証・赤いリボンは、その象徴である。
「太陽の塔」ひとつで、いろいろ読み込めるものだと感心しました(笑)