死神とチェスをする「第七の封印」が面白い

映画「第七の封印」(1956年)

■1956年制作、スウェーデン映画
■監督:イングーマル・ベルイマン
■主演:マックス・フォン・シドー、エーケロート、他

異色な映画として最近気になったのがイングマール・ベルイマンの『第七の封印』がある。これまで深刻な映画のイメージがあったベルイマン監督の作品は、ほとんど見ていませんでしたが、実は一度見ると病みつきになるような面白さがあるのに気づきました。ただ映画がつくられたのが、半世紀前ということを念頭に置いてみていく必要があると思いますがね。

で、その「第七の封印」ですが、面白い!この作品は、映画史上を飾る間違いなく傑作だと思いました。これまで見落としていたなんて。ヨハネの黙示録の「第七の封印」は、それまでの6つの封印が解かれてきた災いに続く、神の怒りの最終段階の始まりで、7つの封印は、神からの裁きの完成に向けた道のりの象徴でもあるのですが、映画ではそうしたことは描かれていません。

唐突に始まる死神とのチェス、イスラムからエルサレム奪還のために派遣された十字軍とその疲れ切った兵士たち、ペストが蔓延し無差別に感染し死をもたらす疫病、悪魔に憑かれた女として魔女狩り、そして、火あぶりするという理不尽さ、死人の指輪を盗もうとする堕落しまくった神学者、大鎌を持った死神と踊って死の世界に行く死の舞踏、などなど、中世ヨーロッパの影の部分と先行き不透明な時代の感覚が、ヨハネの黙示録、最後の審判という終末思想と結び付き、独特な的な空気感を醸し出しています。

神の沈黙が、よくベルイマンの映画ではテーマとなるのですが、この映画も同様で、信仰と沈黙、その間を揺れ動く数々の出来事。最後の死の舞踏の場面は印象的です。サーカスの夫婦と子供は、死神にあの世に連れ去られることなく旅に出ます。それ以外の登場人物たちは、死の舞踏で皆、あの世へ行ってしまう。それも踊りながら。この対比が考えさせられます。

しかしこの映画がユニークなのは、妻を寝取られた男が「つらくて死にそうだ」と苦しんでも「愛は疫病のなかでも一番厄介だが、死にはせん」と笑い飛ばしたりと、どかしら笑える部分の多々あるのだ。

そんなこともあり、この「第七の封印」という映画は、私の好きなフェデリコ・フェリーニ監督の作品を想起させるものがある。フェリーニが陽としたら、ベルイマンは陰、そんな気がしました。

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