「偶然」が織りなす事件とロマンス詐欺
映画「悪なき殺人」(2019年)
■製作年:2019年
■監督:ドミニク・モル
■出演:ドゥニ・メノーシェ、ロール・カラミー、ダミアン・ボナール、他
この映画のキャッチコピーには、人間は「偶然」には勝てないという文章が当てられています。東京国際映画祭で観客賞を受賞したこの映画は、その「偶然」という出来事を巧みに構成しながら、一見バラバラな事象と見えたことが一つの殺人事件へとつながっていく、実に面白いサスペンス映画だなと思いました。
ここで、偶然と必然とは何か?を確率論的に考えてみると、予測にもとづいて起こる事象に対して、その比率が1であるとき、それは必然となり、1以下になっていくにつれて偶然性のの要素が強くなるといえる。たとえば、サイコロの目がすべて1である場合、投げた時の数字は1しかなく確率は1、通常のサイコロであれば偶然性をはらみその確率は1/6となるわけだ。
しかし、さらにそこにはある条件が必要となってくる。サイコロの構造がちゃんと均質になっているのか?サイコロを投げる投げての問題など、そうしたことも考えなくてはならない。その場合、予測には前提条件があり、起こる事象とはそれによる帰結のこと。この前提条件を考慮したうえでの予測と帰結が一致し、必然であると考えられる場合、そこにある法則性があるということで、私たちは様々な局面でそうした帰結を利用していると言えそうだ。たとえば、飛行機。鉄の塊が空を飛ぶなんて、そこにはある法則性がないと人々を乗せて飛ぶなんてことはできないだろう、と思う。
今回の映画「悪なき殺人」とは、偶然という予測不可な事象の格子を巧みに構成したサスペンス・ドラマで、ある意味で教科書的ともいえる見事な構成になっています。
面白いのはフランスの雪で閉ざされた農業主が、インターネットで若い女性の虜になっていくところ。実はこの女性は全くの架空の存在であり、灼熱のアフリカ、コートジボワールの一青年による詐欺だった。農場主の男は、どんどんはまっていきお金を送金していく。
こうした詐欺はロマンス詐欺というらしく、英語圏やフランス語圏などではかなり横行しているというのです。ただ日本においては幸いにして日本語が難しく、詐欺を試みる外国人にとっては言語の壁があり、それほどまでに入ってきていないという。こうしたロマンス詐欺にひっかかるのは男性が多いということだが、数少ない日本においては、西洋の男性と近づきたいという女性がひっかかり被害がでているというのが、なんともユニークと言えばいいのか・・・。
偶然の積み重ねで殺人という事件にまで発展してしまうことを描いたこの「悪なき殺人」は、同時にインターネットの恐ろしさも感じさせてくれる現代的なテーマを含んだ秀作と言えるでしょう。面白かったです。