裏切りの想いが別の対象に向かっているような捻じれた小説

「午後の曳航」三島由紀夫

三島由紀夫の小説「午後の曳航」を読んだのですが、私としては、そのタイトルから持つ印象とは全く違ったものでした。私は大人のロマンスを書いたものかなと想像していたのですが、意外や意外、13歳の子供が主人公の小説でした。

その内容とは、比較的良家の流れを組む若くして父を失った子と母の二人暮らしの様子を描いていて、母親は高級輸入品店を経営して生計をたてている。客には売れっ子の女優などがいて売れ行きはまずまずなよう。子供は13歳の少年、優等生に思われる。

ある日、彼(=子供)は、母親の部屋を覗くことができる覗き穴を偶然発見する。母親はまだ30代前半であり、男がいない生活と裏腹に体は熟れた年齢。ある日、母親は海で働く若い二等航海士を家に招き入れ情事を重ねることになる。子供はその様子を覗き穴から見るのだった。

やがて若い男は海に出ていく。が、男は陸へ戻った時に、母親は再び情事を重ねることになり二人の関係は情事とは言えない関係になってくる。男は店を手伝い、二人は結婚を決意する。

ある日、13歳の子供が二人の情交をずっと覗いていたことがばれた時、男は彼に対してよき父親であろうとする言葉をかけた。その言葉にがっかりした子供は、仲間とともに男の殺害計画を立て、まず、呼び出して睡眠薬入りのお茶を飲ませるのだった…。と、ざっとこんな風になものでした。

主人公は13歳であるから、それは早熟であり恐るべき子供という印象を受けます。思えば、私がこれまで読んだ「仮面の告白」「金閣寺」という作品も、ある意味で(肉体ではなく)精神的な早熟の少年や青年といった人物が描かれていたように思います。

私がここでいう早熟とは、人物の考え方や感じ方などを指しているのですが、大人以上に繊細な感覚と感受性を持って思考を巡らすことができるからです。言語化される表現がとても少年とは思えないほどのものを持っているからです。しかし、それは三島由紀夫の文章が、あまりにきめ細やかで細部までを美しく描き出しているということによるものなんですが(そう書くと元も子もないか・・・)。

なので、この小説は13歳の少年の心象を描いたというふうに読むと困惑してしまいます。むしろ13歳という設定を借りた青年の話といった方がいいのでしょう。

また、この小説は、男と女(=母)の情交を覗いた少年という設定なのですが、そこには男女のエロス、あるいはエロスの目覚めというような月並みな感性が不思議と浮かび上がってきません。むしろ、対象は船乗りの男に向かっています。

母親が、死んだ父親ではなく別の若い男と裸で抱き合っている様子を覗いても、母に対する感情があまり描かれておりません。母親が彼の苦悩や裏切りの対象とはならないのです。男の少年が男の青年に対して思う感性、感覚こそがそこには描かれているのでした。やはり、「仮面の告白」のように三島由紀夫は男色の傾向がかなり強かったということなのかな?と。

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