非暴力◎インド独立の父ガンジーさんに心が震える

映画「ガンジー」(1982年)

■製作年:1982年
■監督:リチャード・アッテンボロー
■出演:ベン・キングズレー、キャンディス・バーゲン、エドワード・フォックス、他

インド独立の父マハトマ・ガンジー。今から40年近く前の作品となりますが、第55回アカデミー賞で作品賞など8部門にも輝いたガンジーの伝記的な映画を見ました。当時、 ベン・キングズレーの熱演がそっくりと話題になりました。古い映画なので以前も見たことがあるのですが、今回見たときの方がガンジーという人の偉大さを強く強く感じたのでした。

ガンジーは聖者と呼ぶに相応しい凄い人だったなと、映画なので多少は劇的にそしてオーバーに描いているにしろ、彼の非暴力によってインド独立に向けた強靭な意志は真似ができるものではありません。

ガンジーは現代の人なので、実際の動画や写真も残されており人間ガンジーということを語られることもあるかと思うのですが、私はキリストの再臨のようにも思えました。もし、2000年前にガンジーのような人が出たとしたら、それは神話化され、キリストのように語られていったのでは?と思うのです。

キリストはユダヤ教の改革者であり、ある意味で革命家だったのであり、そうした点でもガンジーと重なるものがあるように思えてなりませんでした。ガンジーは到底一人ではなし得ないようなことを、徹底した姿勢で民衆の共感を呼び、大きなうねりを作りついに独立への道筋をつけていったのですから。

そこでガンジーについて知りたいと、「ガンディー 平和を紡ぐ人」竹中千春(岩波新書)という本を読んでみました。そこで書かれていたガンジーに関すること。

●思い立ったらすぐに実践する。人並外れた行動力でアイデアを次々に実現していくのが、ガンディーの真骨頂である。

●予想もつかない大胆な行動をとり、雄々しく政府に抗議する。兵士でもないのに洗浄にさえ赴く。警察や暴徒に殴られてしまう。逮捕されて刑務所に入っきり帰ってこない。

●ヒンドゥー、イスラーム、シーク、キリスト教といった宗教の壁や、出身地やカーストの違いも乗り越えての連帯であった。人々は、「われわれはインド人」を合言葉に、「暗黒法」への不服従を決定した。

●文明とは、人間が自分の義務を果たす行動様式です。義務を果たすことは道徳を守ることです。道徳を守ることは、私たちの心と感覚器官を統御することです。このようにして、私たちは私たち自身を認識するのです。

●金や権力のためではなく、人々を説得し助けるために知識を使う人が主役となるのだ。

●農民による暴力的な攻撃。市場や地主の家を襲い、役所を攻撃し、警官と衝突する。ガンディーは、農民がこの最後の手段に訴えないように説得し、そうした事態になる前に、追い詰められた農民の状況を改善しようとしたのである。

●字も読めない農民が「ナショナリズムの政治」に命をかけた最大の理由は、「奇跡」を呼び起こす、神のようなマハートマ(=ガンディー)の出現だったのである。

●植民地支配からの「完全独立(プルーナ・スワラージ)を目指して、」塩税を課す塩法を破り、インド亜大陸の自然の与えた塩を自分たちの手に取り戻そうと呼び掛けるサッティヤーグラハが実現したのである。

●彼は働かずにいられない人だった。

●どんな民衆の行動が可能か。誰もが参加できる、民衆や宗教やカーストの差別のない戦いは何か、スワラージの正しさを示す行いとはなにか、熱血的な若者を導き、人々の怒りを暴動やマイノリティ迫害に向かわせないために、どうするか。彼は黙考を続けた。

●行く先々で取り組む課題とは、真の「完全独立」のための社会改革であった。

●ガンディーにとって、武力をもって国家権力を打倒するという、暴力革命の路線は受け入れがたいものであった。権力者の不正があれば勇気をもってこれを指摘し、相手が改めないのであれば合法的にそれを提起し、それでも駄目ならば非暴力的な実力行動に出る。こうした戦いは、あくまで平和的でなければならず、たとえ弾圧によって人々が犠牲を被るとしても、その手段もプロセスも、さらにはその結果も、すべて平和的でなければならなかった。これこそガンディーのサッティヤーグラハに他ならなかった。

●差別をヒンドゥー社会の罪だと論じ、徹底的に差別の排除を訴えたのである。

●ガンディーは暴動の焼け跡を歩き、避難した人々を慰め、武器を取って脅す恐ろしい男たちを平和と会いを説いた。・・・狂信的な暗殺者からも身を隠さず、自分を慕う人々と集い、神に祈りを捧げ、心の歌をうたった。凶弾に倒れるその時まで、マハートマとして神に与えられた「ダルマ」(義務)を成就しようとしたのである。

●非暴力が完全に成就すれば、周囲の敵意や悪の諸力を完全に流し去ることができる」と信じ、「自己を完璧に空にできれば、そこに神の力が入り込み、コミュナルな暴力に打ち勝つことができる」はずだ

●彼は、解決できないほど深刻な危機を前にすると、心身ともに不思議と強靭になり、驚異的な問題解決能力を発揮する人であった。人々はそれを「奇跡」と四札のである。

以上、「ガンディー 平和を紡ぐ人」竹中千春(岩波新書)から引用

この素晴らしい人であったガンジーですが、その座右の書がインドの聖典「バガヴァッド・ギータ―」であったと言います。目の前の仕事を結果に執着しないで精一杯やること、それがカルマ・ヨガであり、解脱に近づく道と説く「バガヴァッド・ギータ―」。数千年に渡り語り継がれ読まれる「神の詩」といわれるこの書物は実に興味深いと思います。ガンジーはこの書から何を学び実行に移していたのか、もしあの世で会えるとしたら聞いてみたいと思います。

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