生命と非生命の間で揺れる人間という存在・・・
「アンドロイドは電気羊の夢をみるか?」(フィリップ・K・ディック)を読む
SF映画の金字塔「ブレードランナー」の原作が、フィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢をみるか?」です。その小説自体もサイバーパンクの名作。映画の方は見ているのですが小説は未読でした。その小説の方は、映画とは違って思索的というか、人間とはなにか?を問いかけてくるような作品でした。
核戦争後の荒廃した地球が舞台。ここでは命あるものの存在が限りなく愛おしく感じている社会。本物のペットが高額で取引されている。本物と見間違うほどの機械仕掛けのペット、あるいは、動物。それはヒキガエルやクモまでが、本物なのか?電気仕掛けなのか?がわからない環境下。それを読んでいると命あることが、どれだけ素敵なことかが心に訴えかけてきます。
AIが発達し、この小説のアンドロイドのレベルになるにはまだまだ相当な時間がかかると思われますが、人の存在が超高度な技術により便利になればなるほど脅かされていくのも事実でしょう。さらにいくつかの職業がAIにとって変わっていくということもいわれています。
コロナ禍によりスマホ経由で個人情報が吸い取られているようになった現在、5G、スマートシティ構想が進み、AIに管理される社会への加速化はコロナにより、実は早まっていると思うことがあります。そうなると、競って各社がロボット化を開発する・・・。そうした意味でもこの小説は予言的であり、生命と非生命とは?という哲学的観点も含む示唆深いものであるように思います。
それにしても「アンドロイドは電気羊の夢をみるか?」というタイトルは、実にそそられるネーミングですね。作品の持つパワーとともにネーミングの勝利?
アンドロイドは電気羊の夢を見るか?