父親からの逃走か?~カフカ「判決」
カフカ「判決」
カフカの短編小説「判決」は、1912年9月22日から23日にかけて夜中から朝方にかけて、一気に書き上げたと、自身の「日記」に書いています。この「判決」は、父と子の複雑な心理関係を通じて、個人の無力感や自己崩壊、そして不条理を描いた小説。物語は、主人公ゲオルクが友人への手紙を書きながら、結婚や事業の成功について考えるところから始まりますが、その後に展開される父親との対話が突拍子もない方向へ展開していきます。
ゲオルクの父親は、母親の死後、孤独な生活を送っており、ゲオルクとの関係も疎遠になっている。ゲオルクは父親に自分の婚約を報告するつもりで訪れますが、父親はゲオルクに対して突如として厳しい態度を見せ始めます。父親はゲオルクの友人について驚くべき事実を告白し、さらにゲオルクの婚約を否定する言葉を投げかけます。この対話の中で、父親は単なる親という立場を超えて、絶対的な権威者として君臨し始めます。
このゲオルクが手紙を書いたという友人は、果たして実際にいたのだろうか?もしかしたらゲオルクによる創作の架空の人物のようにも感じられます。そう感じられるのは、この小説で最も衝撃な父親の信じられないような言葉からです。このありえないような言葉によって、小説の展開はカフカ自身の内面的ドラマが象徴的にあらわれたのではないか?と推測されるのです。
それは、父親がゲオルクに、『確かにお前は本来罪のない子供だった、しかしより本来的には悪魔のような人間だったのだ!―それゆれ知るがいい、わしはいまおもえに溺死による死刑の判決を下す!』という、死の宣告をする言葉です。父親は突然、息子に死を命じるという恐ろしい行為に出ます。父親が息子に死を命じるというのは、異常であり、不条理なものであり、理解しがたいもの。
ゲオルクの父親は、彼の意識の中で支配者として君臨し、絶対的な基準として存在しています。死を選ぶことでしかこの状況から逃れることができないという展開で、この小説という架空の物語における登場人物の選択にせよ、父親という存在がカフカにとって、どれだけ圧倒的なものであったかを象徴しているかのようです。徹夜で一気に書いたというカフカの心理状態は、どのようなかんじだったのでしょうか?
小説の主人公ゲオルクにとって、自ら死を選ぶことは、衝動的な自己の解放を果たす方法だったのかもしれません。それを書くカフカにとっては、無意識な自己の昇華作用だったのかもしれない、と思いました。
『』部分、「決定版カフカ短編集」(頭木広樹編・新潮文庫)より引用