情けない犯人は写し鏡?「ファーゴ」

映画「ファーゴ」(1996年)

■監督:ジョエル・コーエン
■出演:フランシス・マクドーマンド、スティーブ・ブシェーミ、ウィリアム・H・メイシー、他

コーエン兄弟の代表作である映画「ファーゴ」は、犯罪映画でありながら根っからのワルではない小市民的な人間が、小細工すればするほど、どんどん深みにはまっていく、ブラックユーモアも含んだ独特の世界観を持っている作品です。「ファーゴ」は、公開時から高く評価され、30年以上たった現在でも語り継がれる名作です。

物語の舞台はアメリカ、ミネソタ州とノースダコタ州。真っ白な雪原が広がるこの地域で、ちょっとした資金を得るべく犯罪計画が実行されます。自動車販売店で働く男ジェリーは借金から、妻を誘拐させてお金を持っている義父から身代金をせしめ、それを返済に充当しようと企てます。二人の犯罪者を雇い、誘拐事件を装う計画です。しかし、この計画は、最初から聞いている聞いていないと始まり、どことなく爪が甘い感じがしたまま、小さな偶然やミスが重なり、事件は思いもよらない方向へと転がっていきます。

この映画は、愚かすぎる犯罪を描いている。映画に登場する犯罪を犯そうとする者たちは、よくある犯罪映画に出てくるクールな頭脳犯でもなければ、プロフェッショナルでもありません。どこか判断が甘く、コミュニケーション下手で、嘘も下手で、状況をコントロールできない、その場その場をしのいでいるかのような人物ばかり、見ていて「しょっぱいな、彼ら」は、という印象を受けるのです。そんなのうまくいかないだろうという、すこし考えればわかるような、都合のいい思いから始まった計画は、偶然や愚かな判断によって次第に破滅へと向かっていきます。

事件を追うのは、地元警察署長マージ。びっくりしたのはマージが、妊娠中の女性警察官という設定。殺人事件が起きたのに、立場があるとは言え、その捜査にでるのは危険すぎない?って感じで。この役を演じたのがフランシス・マクドーマンドで、彼女の演技は高く評価され、アカデミー賞主演女優賞を受賞している。マージは、ランチを楽しんだりしているので、現場をちゃんと観察しているのかなと思ったりするのですが、そこは彼女、冷静な観察力があり、犯人たちとは違う常識的な判断によって、事件の真相に近づいていきます。

この「ファーゴ」は、外の雪原の世界では犯罪が起きていて、家の中では普通の生活の世界が描かれている。事件とは対照的に日常が描かれている。マージの夫ノーム、彼はどちらかというとのんびり屋さんで、人のよさそうな、郵便切手のデザインコンテストに応募して、その結果を気にするような、ごく普通の人物で、料理を作り、妻を気遣い、平凡で静かな生活を送っている。映画の中では、誘拐や殺人といったもの事件が起きているにもかかわらず、家に帰るとそこには穏やかな食卓がある。ノームは小さな喜びを大切にして生きていて。彼の切手デザインが三セント切手に採用される可能性があると分かったとき、夫婦は喜びを分かち合います。何人もの人間が命を落とす事件が起きている世界で、この夫婦におけるささやかな喜びが描かれる場面は、人間が生活するということの基本的な部分を示しているようにも見える。

それと映画を観て、なるほどなと思わされたのが、物語の途中で登場するヤナギタという日系日本人。彼はマージの高校時代の同級生で、テレビで事件を見て彼女に電話をいれてます。彼はマージに、妻が亡くなったことなどを涙ながらに話し、自分が不幸だと語ります。しかし、その話の多くが嘘だったことが分かります。これ、見終わった直後は物語と関係ないんじゃないかなと最初は感じたのですが、これは自分の人生を都合よく嘘を語り同情をひくことで、現実から逃げていたと言える。このヤナギダは、妻の誘拐を計画して状況をコントロールできると思い込んでいる、自動車販売店のどこかまぬけなジェリーと、相似の関係性となっているのに気づかされます。

それは、登場人物たちが会話の中で頻繁に「ヤー」と言うのが多いなと思うのですが、これ調べると、映画の舞台となっているミネソタ州やノースダコタ州で、日常的に聞かれる独特の話し方というんですね。最近話題の移民問題、この地区も、北欧系移民が入植し、英語にもその影響が残っているというのです。「ヤー」は「はい」に由来する言葉ということで、「ファーゴ」は、そうした言葉を煩雑に使うことで、日常をさりげなく表現している。それはマージとノームの夫婦生活にも相似していて、事件の展開以外にも、さりげない日常的な要素をいれることで、愚かすぎる欲望によって崩れていく世界が並べられて、描かれているんだなと鑑賞後に、気づくのです。

また、「ファーゴ」が印象的な作品にしているのは、雪に覆われた風景。画面からのその冷たさが伝わります。広い白の世界の中で、人間の欲望による未熟な犯罪が計画され、偶然や小さなミスによってすべてが崩れてしまう。その冷たい現実が、雪原の世界を象徴しているかのようです。

事件が解決後、マージは犯人を護送する車の中で言います。、「何のために?わずかなお金のため。人生はもっと価値があるのよ。そう思わない?バカなことを、こんないい日なのに。理解できないわ。」この言葉は、当たり前のように聞こえる言葉ですが、犯人たちの愚かさ、無計画性は、自分たちの中にもある要素だなと感じました。映画を観ていて、彼らを「しょっぱいな、彼ら」はと思ったりするのですが、それは映画を観ているからであり、現実はあのぶさいくな犯人たちと変わらないのです。もしかしたら私たちの自画像、写し鏡であるかもしれないのです。日常をしっかり生きる女性は強いなあ。

映画の冒頭には「これは実話である」というテロップが出るのも、実はフィクションで、コーエン兄弟の仕掛けた罠。こんな無様な事件があるんだ、と思いながら最後まで見るのですが、仕掛けとわかると「えっ!」となるのですが、これ冗談以上の意味があるなと。犯人のこと笑えないじゃんとなり、すべてが絶妙な構成だなと感心したしだいです。さすが名作といわれるだけある。

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です