永井豪によるダンテ「神曲」
永井豪は、子供の時、絵家にあった「ダンテの神曲物語」という子供向け本にあったギュスターブ・ドレの挿絵に強く惹かれたといいます。ドレの絵が、想像の世界を現実のものと感じさせるほどの強烈な説得力があるというのです。このダンテの「神曲は、永井自身の作品に大きな影響を及ぼす、というか、「神曲」自体の漫画化に取り組むことになる。ダンテの壮大な世界、物語を永井独自の視点で再解釈し、描いています。
「神曲」は、ダンテが地獄、煉獄、そして天国を旅する物語で、人間の罪と罰、救済と愛をテーマに持つ詩篇です。永井豪は「神曲」が持つ、文字から想起させられる強烈なイメージを、漫画という永井豪のフィールドでで、「神曲」の挿絵を描いたドレに負けじ劣らずの視覚世界を再構成します。
「神曲」は、ルネッサンスの先駆けとなるギリシャ的要素を取り入れながらも、ベースとなるのはキリスト教の世界観。私も「神曲」を読んだとき同じように感じたのですが、ギリシャのプラトンやソクラテスといった哲人たちは、キリスト教以前の人達で、「神曲」では、キリスト教を信仰していなかったので、地獄の一歩手前の辺獄という場所にいると描かれています。
そうしたキリスト教的価値観から外れた者を辺獄に落としてしまう世界観に永井豪は、納得がいかず、辺獄をあえて描いてはおりません。永井豪は、ダンテは、どうしてもキリスト教の戒律に縛られて抜け出ることができなかったのでは、と述べているのですが、一方で、ダンテは腐敗しきった教会を嘆き、教皇たちを軒並み地獄堕ちにしており、キリスト教信仰の頂点に立つ教皇を特別視していないところもあるのです。
ダンテの「神曲」は、宗教的、哲学的な要素を含んだ古典であり、それを漫画化した永井豪の意欲は、素晴らしいと私は思います。まず、宗教的な難しい部分では、永井豪なりの見解を提示していると思うし、なんといっても、この長編作品をわかりやすく飽きさせない展開で描いているのは、さすがだなと。思うに「神曲」は、圧倒的に地獄篇が面白い。煉獄、天国と進むにあたり、だんだん面白さが欠けてくる印象があるのですが、永井豪の漫画も、地獄7:煉獄2:天国1、というイメージで、うまく、まとめています。
多くの芸術家に影響を与え、「神曲」をテーマとした数々の作品を残したわけですが、永井豪の漫画は、ダンテの「神曲」のイメージの世界と扉をまた一つ開いたと言えるでしょう。