汚れちまった悲しみに「灰とダイヤモンド」

映画「灰とダイヤモンド」(1958年)
■監督アンジェイ・ワイダ
■出演:ズビグニエフ・チブルスキー、エヴァ・クジイジェフスカ、他
1958年のアンジェイ・ワイダ監督の映画「灰とダイヤモンド」は、映画史に残る映画として有名な映画です。映画の舞台は、第二次世界大戦終結直後の1945年5月8日。ナチス・ドイツの降伏によって「解放」されたポーランド。しかしソ連の影響下で社会主義国家へと移行するという、激動の1日を青年を通して描かれます。
主人公マチェクは、かつてナチスと戦った国内軍の若き兵士。彼は、共産党幹部の暗殺という新たな「任務」を背負い、あるホテルに潜伏します。そのホテルでクリスティーナという女性に出会い二人の間に淡い恋が芽生えます。マチェクは今度の任務を終えたら、足を洗いまっとうな生活をしたいと微かな望みを抱くももの、現実はそうは行きません。
戦争で破壊された教会、逆さ吊りのキリスト像は、「神も仏もあるものか」という虚無感を象徴しているような映像でした。あるいは、終戦を祝う花火の下での暗殺シーン、ゴミの中でうずくまるように死んでいくシーンなども印象深い場面です。今じゃこういった演出は当たり前な感じがしますが、公開当時はかなりインパクトを与えたんだろうなと想像します。
政治、時代に翻弄される切ない若者像に共感を覚える演出で、この「灰とダイヤモンド」は不滅の地位をつくったのでしょう。このヒーロー像の系譜は、私は個人的にはということですが、「太陽にほえろ」で松田優作演じるジーパンデカが暴漢に刺され、「なんじゃ!、これ!」と叫び、死にたくないと言いながらタバコを吸いながら死んでいく、刑事ドラマの名シーンにつながるような気がします。このシーン、学校でものまね流行りましたからね。
主演のズビグニエフ・チブルスキーは、東欧のジェームス・ディーンと言われたみたいですね。わずかな希望を抱きながら、しかし、ゴミの中でうずくまるように、死んでいく姿には強烈なやるせなさを感じさせ、その後の映画に、観客に、多大な影響を与えたんだろうなと想像します。